さとるーのメモ帳ブログ

演劇メインの雑記ブログ

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相談することと孤独と向き合うこと

 この記事はさくっと書いているので、書き直す予定です。

 

 性格の問題なのか、よく他人から相談されることがある。

 

 正直、相談には乗っているものの、内心では「自分と向き合わない限り解決できない」と思っている。

 

 確かに相談することで吐き出して楽になる。しかし、本当の意味で解決などしていないのだと思う。

 

 というか、人に話して楽になる悩みを悩みと言えるのかという話だ。

 

 ボクは違うと思う。

 

 本当の悩みは決して他人に話してもすっきりしない。

 

 まして言いたいのは、聞かされる他人のことを考えてますかと聞きたい。

 

 いちいち、自分の中に溜まっているものを他人にぶつけることも必要なときもあるが、相談を持ちかけてくる人の9割は他人をゴミ箱くらいの感覚でいませんか?とお聞きしたい。

 

 たとえば、仕事がきつくて、ちょっとメンタル的に無理かもという内容だったら、こちらで対応できるが、彼氏とうまくいかないとかあの人が嫌いだとかなんてものは一般論でしか言えないし、それはあなたが面と向かってぶつかっていく以外にこちらはアドバイスしかできないし、じゃあ、アドバイスをあげて実践した人がいるかというと、いないわけでして。

 

一度、友達から何度も似たような相談を受け、「今直面しているものに対して、他人に吐き出して、すっきりして逃げようとするな!ぶつかれよ!」ときれてしまったことがある。

 

 ボクはその人が自分の孤独と向き合う必要性があると思ったから言った。

 

 だって、本当に解決したいと思ったら、どんな悩みでも自分と向き合うしかないから。

 

 まず、他人がなんとかできる状況の相談なら乗るが、ちょっと最近逃げで相談をしてくる人が多いので、ちょっと書きました。

 

 というかね、自分と向き合ってあげないと自分が可哀想ですよ。

 

 孤独と向き合って、自分の心の声に耳を傾けてあげてください。

 

 そして、自分の嫌なところを見たり、奥底に眠っている本音を聞いて、こうしようって思うしか解決できないんです。

 

 そういう意味で、人間っていうのは孤独なんです。

 

 そんなことないって反論されそうですが、あなたの本心を他人がわかるはずがありません。

 

 じゃあ、あなたは他人の本心がわかるのですか?

 

 わかると思っている人は、わかったつもりになっていませんか?

 

 他人という人格はあなたと異なった環境で生まれ、育っているのですよ。

 

 わかったつもりになっている人は差異を認められない人なんじゃないかなって思います。

 

 そして、前のボクはそういう人だったのかもしれません。

 

 だから、神様がボクをうつ病という病気を通して、そういうことを気がつかせてくれたのかなって思います。

 

 ほんじゃあね。

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