さとるーのメモ帳ブログ

演劇メインの雑記ブログ

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自分より年下の人間こそ宝だということ

 先日、飲み屋で飲んでいて、年上の人とたくさんのお話をさせていただきました。

 

 正直楽しかった反面、日本人って議論が下手だなって思わざるを得ませんでした。

 

 話は結婚制度の話と芸術論だったのですが、僕が議論する上でそれは議論で使ってはいけないワードがあり、それを年上の人で使われたらその議論の価値はゼロになると思ってます。

 

 それらは「常識だから」と「まだまだ甘いね」の2つです。

 

 まず、「常識だから」は思考停止のサインです。

 

 僕らが当たり前だと思っていることをもう一度再考することが大事だと思っています。

 

 これは結婚制度というか、不倫等々も含めての話なのですが、じゃあ、これっていつからそう決まったのかなどを考える必要性があるじゃないですか。

 

 それを「常識だから」で決めつけてしまうのであれば、世の中を良くするために、議論をして自分の考え方をアップデートするという

行為自体を否定してしまっていると思うんですよ。

 

 あ、あらかじめ言っておくと、最初は僕がふっかけたのではなく、相手からそういう話になったので、僕はこう考えていますって話して議論に発展しました。

 

 だから、自分よがりじゃなくて、いつでも相手の考えを聞いて、納得がいったら、その意見を取り入れるつもりなんですけど、「常識」とかいう意味のわからない言葉を使われると、じゃあ、自分が納得いかないことも「常識」で片付けられても納得いくのかって話なんですよ。

 

 日本の軍国主義のマネジメントが現代でも彼らのいう「常識」として残っているからブラック企業が出てくるじゃないかって思っているんですよ。

 

 端的に言い表すならば、人間を人間として尊重していない。

 

 軍隊なら戦闘力という数、ブラック企業なら労働力という数なんですよ。

 

だから、そういう思考停止から脱することがまず大切なのに、自分の意見を否定されたっていう低次元で議論を始めちゃうと議論じゃなくて、感情論なんですね。

 

 帰り際に怒ってないけど、もう少し自分で考えな!って言われましたけど、「お前と飲んでも価値無いから俺の時間を奪わないでくれ!」と心の中でサヨナラを告げました。

 

 そして、もう一つ。

 

 「まだまだ甘いね」

 

 これの何がダメって頭の中でなんとなく相手の言っていることが違うと思ったら、そこを言語化することって大事だと思うんですよ。

 

 それができず、自分が年上ってだけで「まだまだ甘いね」なんて言葉で逃げるあたり老獪かつわかったつもりになってるあなたが「まだまだ甘いね」と言ってやりたくなりますね。

 

 まぁ、でも確かに年下の子と話しててもわかってないなって思っていても、そこでなんとか言語化することからは逃げてはいけないと思うんですよ。

 

 今はわからなくても後々わかるって可能性はあるわけじゃないですか。

 

 というか、自分自身もそういう経験ってあるじゃないですか。

 

 学生時代、親とか先生に言われてきたことがのちにわかるってやつ。

 

 もっと言うと、自分より若者の方が固定観念がなくて、新しいことを吸収しているから強いんですよ。

 

 だから、僕よりも今の女子高生とか大学生なんて人たちの方が尊敬すべき対象だと思ってます。

 

 年上の方の経験値はバカにできませんが、それを今の社会と適応するアップデートができてないと、ただの老害になるんですよ。

 

 こうやって話している僕は27歳ですけど、すでに老害になる可能性があるんです。

 

 まぁ、すごい怒涛のように書きましたけど、日本人って議論が感情論になりやすいよねって話でした。

 

 ほんじゃーね

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